16. 離婚宣告
喧嘩は日々増していき、 ある日突然。 ついに夫から 「離婚しよう」 と言われてしまいました もう女として見れない 毎日帰ってくるのが嫌だ お前の気持ちは理解できない もう絶対に無理 と傷つく言葉を沢山もらいました 何度話 […]
喧嘩は日々増していき、 ある日突然。 ついに夫から 「離婚しよう」 と言われてしまいました もう女として見れない 毎日帰ってくるのが嫌だ お前の気持ちは理解できない もう絶対に無理 と傷つく言葉を沢山もらいました 何度話 […]
家事、子供のこと、仕事 に頑張っていた私は 夫の心ない一言にイライラし 喧嘩は繰り返されました 私はこのまま家政婦のような 人生を送っていくのかな…と 悲しくなりました この頃、初めて受けた子宮頚がん検診で まさかの要再
このままでは 子供にとっても良くない 下の子が一歳になり、 保育園に預けて パートに出ることにしました 働くことは楽しかった 5時間でしたが 子供と離れて 自分の時間ができたこと 職場では 『〇〇のママ』ではなく 名前で
出産して1ヶ月後 夫の仕事の都合で 地元から遠く離れた土地へ 引っ越しました それまで一度も来たことのなかった所で 言葉も微妙に違う 早口で何を言ってるか聞き取れない 友達も遠くなり 実家も遠い そして専業主婦になった私
子供は欲しい けど正直不安でした 私なんかがちゃんと産めるのかな 私なんかがちゃんと育てられるのかな みなさん少なからず感じること かもしれません 私はその感情が かなり強い方でした 頭にはずっと母の言葉がありました 『
妊娠がわかり まずは夫に報告しました 夫は複雑な家庭環境で育ったので 家族を大切にするタイプではないと 勝手に思い込んでいましたが、 その割には 子供ができたことは 素直に喜んでくれました そして次に母に報告 一番喜んで
21歳 その頃、私は 昼間の仕事と夜の仕事を 掛け持ちし、仕事ばかりしていました 毎日毎日 全力で働くことに だんだん疲れてきていました 夜のお店の経営も 売上が伸びると 体力がついてこなくなり 2年ほどして 別の方に店
高校を卒業後、 私はすぐに一人暮らしを始めました それは母と離れたかったから 生活費を稼ぐために 進学させてくれなかった母 どうせ生活費を払うなら 自分のために使いたい と思ったからです 都会で一人暮らしをするのは 結構
高3の春 父は離婚後、 同じ市内で暮らしていました 時々、父の家にも 顔を見に行っていました しばらくバイトで忙しくて 父に会いに行けない時期がありました そんな時、父と道で偶然会いました 別人かと思うぐらい 歩き方に違
進学を諦める 小さい頃から 『通訳』になりなさい と言われてきました 私は『通訳』になるため 勉強してきました どんな仕事なのか いまいちわかってなかったけど 大人たちが勧めることは 間違っていないと思っていたからです